世界の放送局

2017年6月16日 (金)

思い出の放送局 ~Radio Bangladesh

今回の思い出の放送局は、バングラデシュ人民共和国のRadio Bangladeshです。

当時は現在のように各国の民族音楽がCDやネット配信等で簡単に聴くことができる・・・という便利な時代ではありませんでしたので、今回ご紹介するRadio Bangladeshと、その付近にあるAll India RadioやRadio Pakistan、さらにはSLBC(Sri Lanka Broadcasting Corporation)というのは、独特の(一言で言うと、「インド風の」)音楽を聴くことが出来るという点で、BCLならではの楽しみを満喫できる局でもありました。
また、これらの局は中国や朝鮮半島と違って、それなりに日本と距離もありますので、遠い国からの電波をとらえている臨場感というか、明らかな異国情緒も感じられますし、いずれの局も比較的容易に、かつ良好に受信できるという点でも共通点がありました。
実際のところ、このエリアの局でもっとも頻繁に受信した経験があるのはインドのAll India Radioです。ここは国際放送だけではなく、国内向けの放送もDXingの対象とするなど、近年に至るまで色々と楽しませてもらったものです。
また、受信レポートを書くのが面倒で、殆どベリ集めに興味がなかった私でも、このAll India Radioにはレポートを送り、1年半後ぐらいにベリが届いたという思い出もあります。

そんな中で、なぜRadio Bangladeshなの?ということになりますよね。
前述のように、このエリアの局はいずれも比較的容易に受信できる・・・のは事実なのですが、私の場合、実はこの中でダントツに初受信までに苦労したのがこのRadio Bangladeshなのです。
私がまだICF5800でBCLをしていた頃、13mbで昼間に受信できる南アジアの局が2局ありました。1局は11時半ぐらいから放送していたRadio Pakistan(これはディクテーションニュースだけでしたので、音楽は楽しめませんでしたが)。そして、もう1局が13時台に放送していたRadio Bangladeshです。
いかに短波といえども真昼に受信できる常連局となると、近いところが中心になりますので、これら2局は貴重な存在でもありました。

・・・なのですが、当時の私には、優れた受信機と立派なアンテナ・ロケーションでBCLを楽しんでいた方にはわからない苦労があったのです。
大阪市内でそもそも受信環境が悪い上に、当時のアンテナは10mぐらいのビニル線を室内に這わせた程度。そして受信機はICF5800です。この機種はシングルスーパーですので、13mbともなると、極端に感度が低下します。Radio Pakistanは何とかSINPO25222ぐらいで受信できていたものの、Radio Bangladeshに至っては影も形もありません。月刊短波等では常連局として有名だったにもかかわらず・・・です。

当時は夏休みでしたので、連日のようにチャレンジし、2週間後ぐらいにようやく弱いながら(時々ノイズにも埋もれながら)、例のISを受信できたときの喜びは、今でも忘れられませんし、あきらめずにチャレンジすれば珍局(私にとってはですが)を受信することも可能なんだという励みにもなりました。BCLとしてのレベルはともかく、DXingの楽しさに触れることができた瞬間だったのです。それ以来、Radio Bangladeshというのは、決して忘れることのできない思い出の局となりました。

そしてこのRadio Bangladeshは、今でもそれなりに容易に受信することができますし、多くの放送局がISを変更したり廃止したりする中、当時とまったく同じ音源のISを継続して使用しているのが嬉しいところです。All India Radioもそうした数少ない局の1つですが、やはりISというのは放送局の身分証明書のようなものですから、むやみに変更しないで欲しいですよね。

2017年5月23日 (火)

思い出の放送局 ~Swiss Broadcasting Corporation (SBC)

私がここまでのBCLライフで受信した放送局数は、途中からは記録をやめてしまったので正確な数は不明ですが、少なくとも300局は超えているはずです。(BCLを長くやっていれば、技術や根気が足りなくてもこの程度の局数との出会いは自然と生まれてくると思います。短波帯が賑わっていた当時なら・・・ですが)
中には受信した記憶すら残っていない局もありますが、今でもふと思い出すぐらい記憶に深く刻まれた局もあります。そんな、いつまでも忘れない局の1つが、スイスのSwiss Broadcasting Corporationです。(後年はSwiss Radio Internationalと呼ばれていたように思います)

この局は、BCLブームの頃の夕方16時ぐらいに英語放送が連日良好に受信できていましたので、ご存じの方も多いのではないでしょうか。この時間帯以外では22時前後に受信した記憶がありますが、いずれにしても、中高生なら受信しやすい時間帯でもありましたので、その点からも身近な海外放送でした。放送開始の5分ぐらい前になると、美しいオルゴールによるインターバルシグナルが流れ始め、定期的に女性アナによるIDが入ります。(このあたりの受信音は、本ブログの本家サイトのここにアップロードしています)
放送自体は御多分にもれずニュースから始まりますが、時々ヨーデルを流してくれるなど、実にスイスらしいというか、一般的にイメージされる「スイス」という国への期待を裏切らない放送を楽しませてくれました。あと、聴いていただければわかりますが、このIDと開始アナウンスを担当している女性アナの口調がいいですよね。のんびりとして、声を聴くだけで癒されてしまいます。そういえば、スイスのアルプス山脈に反響するイメージを表現した(?)のか、アナウンスにエコーが掛かっていましたね。

私は15年ほど前にスイスに旅行したことがありますが、ほんの少し観光した範囲では、放送を受信してイメージしていた通りの国であり、「電波旅行」も捨てたものではないと思ったものです。その旅行の時にはドイツやフランスにも立ち寄っていますが、スイスが一番のお気に入りとなりました。(ある一面ではダークなイメージも持つ国ですが、私が接してきた範囲では非常に好印象でした)
余談ですが、私が宿泊したペンションのマスターは、大阪の観光客から聞き覚えたのか、「モウカリマッカ・・・ボチボチデンナ」と連発していたのが、ちょっとうざかったです・・・。(^^;)

最後に、貴重な音源をどうぞ。「SBC-IS.mp3」をダウンロード

これは、SBCが発行したCD(私はCD自体は入手できなかったのですが)に入っていたインターバルシグナルのノイズレスのステレオ音源です。短波放送で聴くのも良かったですが、このような高音質音源で聴くのもいいですよね。・・・もう二度と短波放送で聴くことができないのは寂しい限りです。

2017年4月24日 (月)

最近の海外日本語放送

日本語放送は、BCLブーム期と比べると半減してしまい、寂しい限りなのですが、それ以上に何とも微妙な思いになるのが、最近の放送内容です。
私は過去を回顧し、基本的には昔の放送音を聴くだけというBCL(こういうのは普通BCLとは呼ばないですが、まぁ良しとしてください)ですが、そんな私も近隣の局ぐらいは今でも実際に受信して聴くことがあります。つい昨日も夜0時台に中国国際放送の日本語放送を聴いていました。

・・・なのですが、これってもう昔の北京放送とは別物ですね。発音に中国語なまりのある方が少しいるかな?という程度で、放送内容自体は日本国内の民放と大差無いように思います。今は無くなってしまいましたが、ロシアの声も、昔のモスクワ放送時代の堅さからは考えられないぐらい、ソフトな番組になっていたように思います。時代の流れなのか、リスナーの要望に応えて徐々に変わっていったのか、そのあたりは定かではありませんが、私の勝手な思いとしては、やはり海外日本語放送は、独特の雰囲気を残して欲しいような気がするんですけどね。

ところで、海外日本語放送というのは、局からすると費用対効果も良くわかりません(今はそんなに受信報告も届かないでしょうし)ので、消えていく運命にあるのは仕方がないとは思うのですが、せめてインターネットラジオで続けることはできないのかな~と思います。
別の記事にも書いたように、私はインターネットラジオについては、BCLの立場としては好きではないのですが、安いコストで放送することも可能な方法ですし、完全に無くすぐらいなら、インターネットで続けて欲しいですね。この方式なら、受信報告が無くても実際の聴取状況をある程度分析できますし、今まで日本語放送を行ったことの無い局が参入してきても不思議ではありません。インターネットで聴ける海外日本語放送が50局!とかになれば、それはそれで楽しい時代なのですが・・・。

2017年4月21日 (金)

Radio Yaoundeの思い出

「ラジオ・ヤウンデ」。これは昔からBCLをしている人にはそれなりに名の知れた局だと思います。アフリカにあるカメルーンという国の首都にあった国営放送です。
この局のIS、電子音なのか楽器の音なのか良くわからないのですが、アフリカ局らしいといえば、アフリカ局らしいISです。(何をもってアフリカ局らしいというのかは難しいところですが、当時ウガンダやナイジェリアの国営放送はドラムの連打のISということで、いかにも一般的にイメージしやすい「アフリカ」でしたね。あの頃のアフリカ局は、このようなドラム音のISと、ラジオタンザニアに代表されるチェレスタのような澄んだ音色のISが多かったように思います)

今回、なぜRadio Yaoundeを取り上げたかといいますと、この局、確か今から40年前の1977年頃のある時期の夕方、非常に良好に受信できた時期があるのです(当時のログが行方不明なので、記憶のみで書いていますが)。学校から帰ってきたら、この局の周波数にダイヤルを合わせ、もちろん言葉はわからないものの、独特の音楽や雰囲気を楽しんでいました。ギターっぽい楽器による不思議な音楽が良く流れていて、何となく聴き入っていたものです。(今でもそのときのメロディーは覚えています。文章で表現できないのが残念ですが)
ただ、当時うっかりしていましたが、録音していなかったんですよね。(当時はIS・IDから開始部分のみをテープに録音して集める・・・というスタイルでしたので、ずーっと流れているこの局を録音することは無かったのです)そうこうするうちに、いつの間にやら受信できなくなってしまい、その後はこの局を楽しむ機会を失ってしまいました。
当時の音楽を聴いてみたいと思い、Interval Signals Onlineなどのサイトもチェックしているのですが、ここで聴けるのは冒頭に書いたIS部分中心で、放送内容やそこで流れていた音楽を楽しむことはできません。当時の録音をお持ちの方は公開していただけると大変嬉しいです。

もっとも、私がRadio Yaoundeと思い込んでいただけで実は別の局だった・・・とかだと、40年間の大勘違いということになるんですけどね。(そんなことは無いはずですが、古い記憶ですので。。。)

2017年4月20日 (木)

Radio Station 4VEH

この局名を聞いて、すぐにハイチ共和国の放送(確か宗教放送)だと分かる方はどのぐらいいらっしゃるのでしょうか。私自身、この局を受信したことは一度もありません。(というか、そもそも日本で受信可能だったのかどうか。私は月刊短波を創刊~最終刊まで持ってますが、受信報告を見た記憶がありません・・・)

ですが、この局は大変思い出深い局の1つになっています。それは今も手元にあるLPレコードにこの局のIS・ID~開始部分が収録されており、それに何となく惹かれるものがあったことによります。
ちなみにこの局のISといえば、アメイジング・グレイスの冒頭を鐘?で演奏したもので、放送開始後にはこのアメイジンググレイスを厳かな感じにアレンジしたメロディーが流されます。
これだけを聞いて、いつかは受信してみたいと思っていましたし、ハイチという国にもいろいろ思うところがあったことを思い出します。この国は昔も今も世界有数の貧しい国として知られていますが、IS・ID~開始部分を聞いた印象だけでは貧しさなど微塵も感じず、放送だけでは実態はわからないという当たり前のことを知る一例にもなっています。

ちなみに余談ですが、高校生の頃、私はアメイジング・グレイスという曲が有名な讃美歌であるとは知らず(無信仰のクセにキリスト教系の高校に通っていたのですが・・・)、この4VEHのISはこの放送局のオリジナル曲だと思っていたのです。高校の音楽の授業で作曲の宿題があったとき、この曲を自作と称して持って行ったことがあります。先生は不満そうな顔をしてピアノで弾いていましたが、後年その理由が分かって恥ずかしい思いをしたものでした。

2017年4月19日 (水)

La voz de Galapagos ~ガラパゴスの声~

この「ガラパゴスの声」、BCLブーム時のOMの皆様なら受信経験をお持ちだろうと思いますが、Image5

私は、クーガ2200の広告に使われていたのを何度も読み返していただけで、自分では一度も受信することができませんでした。(当時、中南米局が殆ど入感しない環境だったのです)

バンドネオンの音楽、そしてカモメの鳴き声などが聞けたと報告されているのを見て、ガラパゴスがどんなところなのかまったく知らないながらも、この謎の秘境の音声を一度は受信したいと思いを巡らせていたものです。(ちなみに、この広告が、当時クーガ2200を購入する直接的なきっかけにもなっています)

この局を含め、いつかは受信したいと思いながら、結局は夢に終わってしまった局というのがいろいろあります。(やはり中南米やアフリカに多いですね。あと、西日本に住んでいたこともあり、北米中波などを受信することも夢の1つでした)

今なら「Interval Singals Online」のサイト等で、ある程度聞くことができますが、一度は自分で受信する感覚を味わいたかったなと思います。

今は当時と違って混信で受信できないというケースは少なくなっていますので、優れたロケーションとアンテナさえあれば、そして何より今も放送を続けていてくれさえすれば、昔の夢を再度追いかけることも可能かもしれませんね。