趣味

2017年6月13日 (火)

懐かしのBCL番組 ~ソニー BCLジョッキー

今回は、BCLブーム期のラジオ番組を取り上げてみましょう。

「BCLジョッキー」という番組は、私が聴いた初めてのBCL情報番組なのですが、1977年には既に番組が終了していますので、ブーム全盛の頃にBCLを趣味にしていた人しか知らないであろう番組です。
DJは富山敬さん。この番組を担当されていた頃は、アニメ宇宙戦艦ヤマトが大ブームを巻き起こしていた時期とほぼ重なっていたため、私もこの番組を聴く前から、富山敬さんのことは知っていました。(富山敬さんはそういう「時の人」でもありましたので、おそらくBCLとは関係の無い人、もしかしたら富山敬さんのファンだった女性の方にも、この番組を聴いたことがある人がいたのではないでしょうか)
しかしながら、富山さんはそのような様子はまったく感じさせず、BCLという地味な趣味の番組を、地味に真摯に担当されていて、好感の持てる(といっても当時は私も中学生ですので、そこまで考えていませんでしたが)番組づくりをされていたと思います。

この番組は、ポールマッカートニーの「ママ・ミス・アメリカ」で始まり、この曲をバックに、各局のIDが流れた後、「きのうの国から飛んでくる電波。あしたの国から飛んでくる電波・・・」といったナレーションが流されるというオープニングで、今のようにネットで当時の番組の音源が拾えるようになる前からも、頭の中ではいつでもこのオープニングが再生できるという印象深い内容でした。(余談ですが、当時関西に住んでいた方なら、FM大阪の「ビートオンプラザ」という番組も、同じ曲をオープニングに使っていたことをご存じかもしれませんね)

番組は聴取者からのレポート紹介のほか、富山敬さんが実際にICF5900で受信した(当時超多忙だった富山さんですので、本当に受信していたかどうかは、5900を愛用していたか否かも含めて不明ですが)放送局の話などもされていたように思います。
実質10分程度の番組でしたが、毎日放送されていたので、日々楽しみに聴いていたことを覚えています。なお、この番組の製作はTBSラジオで、当時大阪にはネットされていませんでした(どうも全般的に当時の大阪はBCLブームの広がりも地味だったような気がしますね。今思えばですが・・・)ので、直接TBSラジオにダイヤルを合わせて聴いていたものです。

そして、冒頭にも記載したように1977年の末にはこの番組が終了します。自分が愛聴しているラジオ番組が終わる時というのは寂しいものですが、私がそういう寂しい思いを最初に経験したのがこのBCLジョッキーでもありました。また再開しそうな終わり方ではありましたが、1つの番組が終わって再開することなど滅多にないという大人の事情を当時の私はまだ知らず、その後何年も期待していたものでした。。。

この番組はソニーがスポンサーであるため、ICF5900はもちろん、番組終了直前ではICF6800のCMも流れていました。(今でもその時のCMソングはしっかり覚えており、思い出にもなっています)そういえば、うろ覚えですが、CF5950(ICF5900のラジカセ版です)のCMもあったような記憶があります。
私がこの番組を聴き始めた頃は、まだ私が使っていたメインのBCLラジオがICF5800でしたので、このCMを聴くたびに早く5900が欲しいな~と思っていたものです。

私にとって、富山敬さんは宇宙戦艦ヤマトの古代進ではなく、もちろん伊達直人や番場蛮(このあたりが懐かしい方は同世代ですね)でもなく、BCLジョッキーのDJとしての印象がもっとも大きいですね。
実際にどのような番組であったかは、ネット上を探せば音源が見つかるはずですので試しに聴いてみてください。

2017年5月22日 (月)

他のBCLとの交流 ~BCLブームの頃

BCLブームがピークを迎えていた頃、メディアは日本全国のBCL人口は300万人と伝えていました(どういう統計を取ったのか定かではありませんが)。人口1億のうち、BCLを楽しむ中心年齢層は2000万人程度でしょうか。その中で300万人ですから、当時の中学・高校の1クラスの人数からすると、同じクラスに5~6人はBCLがいても不思議ではないはずですが、私のクラスには1人もおらず、知る範囲では他クラスにもいませんでした。BCLが話題になることもなく、マイナーな趣味をたった1人で楽しんでいるような気分でした。(友人に勧めても、あまり興味を持ってもらえませんでした)

当時はまだインターネットやパソコン通信がありませんので、第三者と個別に情報交換をする手段としては、近くのBCLクラブに参加するか、文通ぐらいしか手段が無かったのです。BCLクラブは近所に存在していませんでしたので、私は「ラジオの製作」等で文通を希望している他府県のBCLと、手紙のやり取りを行うという手段を取りました。
やはり同じ趣味を持つ者同士、文通という今ではほぼ絶滅に近い手段でしたが、なかなか楽しかったことを覚えています。
ただ、手紙というのは、電子メールのようにそんなに頻繁なやり取りができるわけでもないですし、手書きですからエネルギーも必要です。そうなると、文通相手のBCLへの思い入れやレベル感・方向性がある程度一致していないとなかなか続けられないという問題がありました。対面で話すのであれば、多少のレベル感の違いなどは大した問題ではないのですが、文通の場合、それが顕著に出てしまうんですよね。(会ったことも無い人とのやり取りですからなおさらです)
それでも、文通相手からの手紙が届いたときは嬉しくて何度も読んでいたことを覚えています。やはり同じ趣味を持つ仲間との貴重なやり取りですから。おそらく先方もそう思っていてくれたはずです。

ちなみに、私は中学だけではなく、高校でも身近なところではBCL仲間には恵まれませんでした(確率論からいくと、どうも「BCL人口300万人!」が間違っていたとしか思えません)
今では当時より圧倒的にBCLが少ないにもかかわらず、容易に仲間を見つけることができるようになりました。そして、昔は神様みたいだったOMさんとお会いすることも難しいことではありません。現在、BCLとは超マイナーと言っても過言ではない趣味ですが、それでも今はいい時代なのかもしれませんね。

2017年4月19日 (水)

DXペディション

実は私は、BCL全盛時代にDXペディションというものを一度も経験したことがありませんでした。(周りにBCL仲間もおらず(当時、BCLが本当に300万人もいるのかよと思ったものです)、身近にBCLクラブ等が無かったことも理由かなと思います。名古屋にでも住んでいたら、例の多度山ペディに参加したかったですね・・・)

ところで最近は趣味の1つとしてドライブがあります。私は単身赴任生活中ですので、仕事でストレス溜ってきたな~と思う時に、気分転換にドライブすることもあるのですが、2年ほど前、千葉の房総半島を一周するという日帰りドライブを実行。そのときにふと思いついてICF-SW7600GR持参で出発したのです。そして「道の駅ちくら」というところで、内蔵ホイップアンテナだけで簡単ソロペディションに挑戦してみました。ちなみにこの「道の駅ちくら」は、海沿いに設立されており、目の前は何の障害物もない太平洋です。
資料は何も準備していなかったので、手持ちのスマホから見る影山さんのBBSに書き込まれた受信情報を参考にさせていただき、いざ受信開始です。
・・・しばらく聞いてみて驚いたのは、同時間帯にBBSで話題になっていた局がすべて概ね良好に受信できるということでした。内蔵アンテナだけなのに・・・!です。
久々に現実のBCLの楽しさを(短時間ですが)満喫するとともに、やはりBCLはロケーションが第一だなと改めて思ったものです。
こういう場所で、まともなアンテナ張ってキャンプしたらいいだろうな~とも思いましたが、暗いところでベンチに座って受信するという状況は限りなく怪しい(どこかの国のスパイですよね)ですし、暴走族などに襲われても困るので早々に退散することになりましたが・・・。

2017年4月18日 (火)

昔の受信音への思い出

およそ40年前、ブーム期にBCL活動をしていた人なら多少なりともご理解いただけると思いますが、当時の受信音というのはいつまでも脳裏に残っており、例え自分自身で録音した受信音でなくても、その当時のことが鮮明に思い出されます。
美しい、あるいは不思議なインターバルシグナル。そして何千キロも海を越えて飛んできた異国の地からの電波というだけで、何言ってるか理解できないのにワクワクしてくる放送内容。さらに唯一の共通言語ともいえる音楽の楽しみ。また、宗教放送であれば、何やら厳かな気分になったり、地下局は、その雰囲気から伝えたいメッセージが何となく感じられたりもしたものです。
こうして、私は様々な受信音から、現地の状況やお国柄等を勝手に想像して楽しんでいました。当時は「世界電波旅行」などと言ってましたが、まさにそれを実践していたわけです。

今はグーグルストリートビューなどを使えば実際に現地の様子をうかがい知ることもできる時代ですし、その国の様子はインターネットで多くの情報が得られます。それでも、ネットの情報で心躍ることはありません。(インターネットラジオも同様です。放送には違いないんですけどね)
私にとって、世界を感じられるのはやはり実際に空を飛んでくる電波に乗った受信音からであり、録音であっても、それは同じです。

懐かしいBCLの世界へようこそ

プロフィールにも記載の通り、私は「BCL人口300万人!」と言われた頃からBCLに熱中。その後も細々と続けていたのですが、2006年頃にほぼ活動停止して現在に至ります。
(その頃に作成していた本家サイトが、この「BCL Dreams」です)

その後は、ネットにアップロードされた受信音や、自分で残した過去の録音、あるいはISテープ・レコードなどで懐かしむだけの日々が続いています。
普通にBCL活動をしている方からすると、「何が楽しいの?」と、理解に苦しまれるかもしれませんが、意外にこれだけでも楽しいんです・・・。

なお、こんな私ですが、ラジオ・受信機への興味は今も続いており、殆ど使わないにも係わらず、上記の昔運用していたサイトに出ている受信機も残っていますし、何とあのPERSEUSまで追加されていたりします。


このブログでは、そんな私のBCLに対する色々な思いを語って行きたいと思っています。
(上述の「BCL Dreams」のコンテンツであった「BCL雑感」の続編のようなものです)

今は様々な事情でBCLを再開できない人も、このブログの記事には共感していただける部分や、昔を懐かしんで、ノスタルジックな気分に浸ることができる部分もあるかもしれませんし、そうなれば幸いです。

それでは、よろしくお願いいたします!