日記・コラム・つぶやき

2017年6月 7日 (水)

山田耕嗣さんと宮脇俊三さん

ん? 何の関係?と思われる方も多いでしょう。山田耕嗣さんは言わずとしれたBCLの大御所。そして、宮脇俊三さんは「時刻表2万キロ」などの鉄道紀行文の作家の第一人者です。お二人とも、既に亡くなられていますが、趣味に着眼する限り、本当にいい時期を過ごしてこられたな・・・と思う点で共通しています。
山田耕嗣さんは、私が生まれる前からBCLを始められ、BCLブーム期はもっともアクティブに活動できる時期だったのではないかと推測します。(経済面も含めて)
そして宮脇俊三さんはというと、太平洋戦争以前からの鉄道好きで、今から40年前(BCLブーム期と重なりますね)の、鉄道路線が今では想像もできないほど全国を網羅していた時代に、中央公論社で編集長の仕事をしながら、国鉄線の全線完乗を達成されています。そのときには上野発の夜行寝台列車を週末フル活用されていたものです。

40年前の状況を知っている者としては、現在の短波バンドの寂しさ、そしてノイズに汚れた状態というのは、聴くたびに悲しくなってしまいます。短波バンドの銀座通りとまで言われた31mbも、今では静かなものです。(もっとも、この状態は私の受信環境だけの問題かもしれませんし、その寂しさの中にキラリと光るものを見つけながらBCLを楽しむのが今のやり方なのかもしれませんけどね)
そして鉄道の世界、私は鉄道マニアではないですが、ブルートレインは好きでした。今や庶民も乗れそうな夜行寝台は唯一残ったサンライズ瀬戸・出雲のみとなり、あとは一生乗ることの無さそうな豪華列車のみとなっています。スピードと快適性ばかりが重視され、長距離を走る普通列車なども殆ど無くなってしまいました。
夜行列車が大幅に縮小(というより、ほぼ壊滅)されたのも、短波が衰退していくのも、結局のところ技術革新や世の中の変化によって主役としての役目を終えたことから、コスト削減のターゲットになってしまったことが主な理由のように思います。

お二人とも、今も元気に生きておられたら、現状を嘆いているかもしれませんね・・・。

2017年6月 5日 (月)

ラジオから伝わるもの

今、深夜ラジオで一番聴取率が高いのは何でしょうか? 常にというわけではないでしょうが、NHKのラジオ深夜便がやはり一番人気です。ラジオ深夜便というのは、オールナイトニッポンのようにバラエティ風の面白い番組づくりを目指しているわけでもなく、かといって、誰もが興味ある情報を流す番組でもありません。ただ、深夜の雰囲気にマッチした番組であることは確かで、何となくクセになる番組でもあります。
ラジオ深夜便が伝えてくれるのは、夜のとばりに包まれたゆっくりとした時間、そして空気感です。(自分で書いていて何のことやらとは思いますが。。。)

外国からの放送も、「実は番組自体は大して面白くも無い」のについ聴いてしまう・・・という点で、このラジオ深夜便に近い部分があります。
別の記事にも似たようなことを書きましたが、地下局や戦争中・冷戦中の国の放送では、何となく重苦しい雰囲気、あるいは焦燥感のようなものが伝わってきますし、リゾート地から届く電波は、例えば昔のラジオタヒチなどのように、のんびりとした癒しの雰囲気が伝わります。最近はあまり耳にしませんが、昔はアフリカ局といえばドラムの連打音というイメージがありました。あれもアフリカの草原に響き渡るドラムの音をイメージしたもの。いわばアフリカの空気感というものですね。

もちろん、科学的には何の根拠もなく、単なる思い込みによるものなのでしょうが、同じ放送内容でもインターネット放送では伝わってきませんし、短波放送であっても、デジタルによるノイズレスの放送だと「何か違う」と感じてしまいます。
そういえば、今は中波の民放もRadikoプレミアムに加入すれば、全局ではないものの、全国の民放ラジオをノイズレスで聴くことができます。私も一時期入会していましたが、「何か面白くないな~」と思って、すぐに退会してしまいました。夜間直接受信する他府県の民放を聴いていると、同じ番組でも心躍るものがあるんですけどね。。。
このように、国内中波であっても、現地から飛んでくる電波は、その都道府県の空気も一緒に運んできてくれる・・・と(脳内補正により)感じるのかもしれません。

こんなところがBCLという趣味の難しいところ、第三者にその面白さを理解してもらいにくいところで、メジャーになれない理由の1つなのかもしれませんね。

2017年6月 2日 (金)

ドライブとBCL

実は私は車を運転することが大好きです。・・・少なくとも、今はBCLより好きです(^^;)
最近の若い人は、あまり車やその運転を趣味にしないようですが、BCLを楽しむような世代の方なら車も好きという人は多いことでしょう。
そしておそらく、車に乗ることが好きな人でもっとも多いタイプは、スポーツ走行が好きな人だろうと思います。若い頃暴走していて、そのまま中高年になったと思われるような人が街中でも結構見かけますよね。(トヨタの現行スポーツカーである86のドライバーなんて、見たところ殆ど中高年です)
そんな中、私はというと、のんびり長い時間乗っているのが大好きというちょっと変わり者の車好きです。ただ、のんびり長時間走りたい分、静かで上質な乗り心地を好みますので、今の愛車はLサイズのセダンです。
現在は単身赴任で横浜在住ですので、愛車は隔週に1度ぐらいしか乗れず、単身赴任先ではレンタカーやカーシェアを活用して時々ドライブを楽しんでいます。

私の「BCL Dreams」の1つに、走る書斎ならぬ走るシャックを作りたいということがあります。さすがに、新車購入の車に通信型受信機を組み込むような改造をする気にはなりませんでしたので今は実現できていませんが、車で自由にロケーションを選び、その場で(車内にいながらにして)BCLを楽しむというのは、家庭内での受信環境が劣悪な現在、理想的なスタイルだと思っています。
特に、アイコムの最新機種であるIC-R8600が車載で使えたら、最高に面白いBCLライフが楽しめるような気がしますね。(中波・短波以外にも様々な電波を受信できますし)猛暑の季節でも車内で楽しむためには、エンジンONの状態(環境に良くありませんが、そのことは取りあえず置いといて・・・)でもノイズの影響を受けないような工夫が必要です。短波についてはちょっと難しいかもしれませんけど。
IC-R8600という高級受信機を車に常設できるような人は、当然さらに凄いシャックを自宅内にも構えていると思われますので、相当な経済力も必要です。今の私にはちょっと実現できそうにない、本当の「夢」です。

そう考えると、やはりICF-SW7600GRなどの高性能BCLラジオを載せてドライブするのが現実的ですね。
ただ、試したこともありますが、7600GR内蔵アンテナや付属の簡易アンテナだと、車内で使っても短波帯は殆ど効果がなく、やはり車の外に出て受信する必要があります。まぁペディションとはそういうものですが、車の中に居ながらにして楽しめる「横着BCLスタイル」こそが、私が望むべきスタイルなんですけどね・・・。

2017年5月30日 (火)

今後が楽しそうな中波DX

立派なアンテナを張れば比較的簡単に様々なDX局を受信できる短波帯と異なり、中波帯は初心者にとって極めてハードルの高いエリアです。実際、BCLブームの頃も、本格的に取り組んでおられたのは、ほんの一部のOMさんだけだったのではないかと思います。

中波というのは、狭いエリアに日本の民放やNHK各局、さらに韓国の民放などがひしめき合っていて、地域にもよりますが、そもそも空き周波数など殆ど無い状況となっています。(厳密にいうと空きはあるのですが、国際協定により、9kHzまたは10kHz間隔(地域により異なる)で放送しなければならないというルールがありますので)
さらに、大出力の地元放送局の送信所が比較的近いところにある・・・という最悪のパターンも多く、受信機の性能にもよりますが、巨大なアンテナを張ったりするとバンド全体が飽和してしまって、DX局どころかバンド全体が地元局で埋め尽くされる・・・などということも良くある話です。つまり、短波と違って極端に地域差があり、そこが中波DXを難しくしている理由でもあります。

そんな中波帯ですが、昔から、深夜~早朝にフィリピンやオーストラリア局が受信できたり、地域限定ですが夕方に北米局が受信できる可能性も秘めています。さらに、ほぼ不可能に近いほどの超珍局ですが、トンガやソロモンの局が入感する可能性もゼロではありません。そういう意味からも、短波以上に夢のある分野でもあるのです。
短波帯で送信する局数が減り続ける一方、中波については昔と変わらない、あるいは増えている(短波から移行した局もありますし)でしょうし、難しい分野ではありますが、ターゲットには事欠かないと思います。

また、中波というのは、放送局側も海外で受信されていることを(基本的には)想定していませんので、短波の国内放送以上にその国の雰囲気・お国柄を感じられるプログラムになっていると思われます。その点では短波DXより楽しめるかもしれませんね。

私はBCLブームの頃は関西在住でしたので、北米中波は一度も受信したことがありません。数年前、千葉にドライブをして「道の駅ちくら」に行ったときにチャレンジしたときも残念ながらそれらしい局は受信できませんでした。この北米中波を受信するというのは、私にとって残された「BCL Dreams」の1つです。
ところで、千葉の道の駅で行った簡単ペディションではICF-SW7600GRを使って受信したのですが、時期は11月頃で時間は18時前後、630kHzでSINPO34333ぐらいでかなり良好に英語放送が受信できたのですが、これが何なのかが結局わかりませんでした。
最初はあまりに良好なので、NHKの英語講座かと思ったほどです。この周波数だとオーストラリアかグアムの可能性もありますが、18時前後ですからね・・・。いくら11月といえども、この時間帯にオーストラリアやグアムが入感するというのは、私のこれまでの常識からは信じられず、当時は手元に資料もありませんでしたので、結局わからないままでした。中波DXはまだまだ私にとっては未知の世界。これからの楽しみです。
それに、高感度ラジオなら内蔵アンテナだけでも楽しめますので、ペディション時に不審がられないところもいいですね。(^^;)

2017年5月29日 (月)

寂しい短波帯・・・BCLもそろそろ潮時か!?

前回、短波放送はまだ無くならない・・・といった旨の記事を書きましたが、現実の短波帯が年々寂しくなっているのは事実で、本記事のタイトル通り、そろそろBCLも潮時なのかな・・・などと思っていました。
実際、ヨーロッパの国際放送は、その多くが廃止・縮小され、最近ではラジオオーストラリアが短波放送を全廃してしまいました。国内放送についても、昔は無数にあったインドネシアのRRIなどは大幅に減ってしまったように思います。(もともと、中波・FMの技術が進歩すれば、遠からずこの地域の(いわゆるトロピカルバンドの)短波放送が廃止・縮小されることは、BCLブームの時代からわかっていたことですが)

とはいえ、改めて影山さんのBBSなどを拝見すると、まだ全然終わってないような気もします。私のところの受信環境がダメすぎて、短波帯がより寂しく感じられるだけで、それなりのロケーションとアンテナさえあれば、まだまだ色々な局を受信できることが良くわかるんですよね。
(ちなみに影山さんのBBSは、もう10年以上の歴史があり、いつも活発な情報交換が行われています。私にとっても「今現在の空の状態」がどうなっているのかを知る上で、最大かつ最高の情報源となっているのです。今の私は、殆ど受信活動をしないBCLですので、皆さん相変わらず頑張ってるな~と感心しているだけですが・・・)
そして、こういう時代ですので、BBSで報告される局もワンパターンかと思いきや、結構バラエティに富んだ受信報告が行われています。まだまだ短波帯はDXをじっくり楽しめる程度に電波が飛び交っているということでしょうね。

BCL活動って、私だけかもしれませんが、常に資料片手に行っているわけではないので、定期的にマンネリ化の波が襲ってきます。そんなとき、昔ならWRTHや月刊短波・DX年鑑などと地図をみながら普段聴かないエリアの局に挑戦することで、新たな発見や未知の放送局に出会えてやる気復活!!となっていたものでしたが、それは今も同じ。そして、それができる程度にはまだ短波帯は賑わっているのです。また、今は昔ほど混信やビート音に悩まされるケースは少なくなっています(ノイズ対策には悩まされますが)ので、それほど高級な受信機を入手しなくても(それこそ2万円弱で入手可能なICF-SW7600GRでも)十分にBCLを満喫できると思います。

ただ、それもいつまで続くかは不明です。昔BCLを経験していた人で、定年後の楽しみに取っておこうなどと思っている方は、その考えを改めて、即日BCL復活組に参戦された方がよろしいかと思います。楽しめるうちに十分楽しんでおきましょう。(それは実際に受信活動を行っていない現在の私自身にも言えることですけどね)

2017年5月26日 (金)

短波放送は無くなるの?

その昔、ソニーが「ベータマックスはなくなるの?」という新聞広告を大々的に出したことがあります。もちろんネガティブな広告ではなく、最終的にベータマックスの良さを宣伝する広告なのですが、その後、本当にベータマックスというビデオの方式は無くなってしまいました。
BCLという趣味が今後も続けられるためには、短波で送信してくれる放送局が無くならないことが前提条件となります。もちろん、中波でも夜間~早朝はある程度のDXが可能ですし、FMもEスポ発生時には遠距離受信が可能ですが、常時海外の放送が受信できるのは短波だけです。
今後100年以上が経過しても、電離層の状態を人間が自由にコントロールする・・・というSFでもやらないようなトンデモ技術が開発されない限り、超短波で送信されるFM放送を、数千キロ離れた地球の裏側で常に復号することは出来ませんし、まだまだ短波にしか実現できないことはあるのです。

今はインターネット放送があるから短波なんていらないのでは?と言う人もいるのですが、インターネットは、どこの国の誰もが使えるほどの技術にはまだまだ至っていませんし、万一、戦争や大きな自然災害でその国のネットワーク設備が破壊されたら、放送を受信する術は無くなってしまうのです。
それに、中波やFMで全国ネットをするにはコストがかかりすぎる広い国土の国もありますので、まだまだ短波は無くならないだろうと思います。
(外務省からも数年前に写真のようなお知らせがありましたしね。クリックすると、内容が読めると思います)
Swradio_2
そういえば昔、短波は今後すべてSSBになるという話がありましたし、デジタル化されるという話もありました。SSBはともかく、デジタル化の波はまだ今でも継続しているようですが、やはりシンプルな短波ラジオが1台あれば、どこでも受信・再生ができる従来の方式がベストですね。私としても、デジタル化を否定するつもりはありませんが、ギリギリの状態で入感している局も、超強力な局も、同じような状態で受信できてしまうというのは味気ないような気がします。(それこそ、インターネット放送と変わりません)
それに、デジタルだとあまり受信状態が悪いとそもそも復号困難(理論的にはノイズに強い方式なのですが)ですので、アナログならかろうじて内容が聴き取れるのに、デジタルだと何も聴こえないということが起こってしまいます。そういう事情もあって、いまひとつデジタル化が進んでいないのかもしれませんね。

ということで、私も含め、BCLブームを経験してきた世代の(現在、中高年の)人たちは、生涯、短波でBCLを楽しむことができる時代が続くのではないかと予想しています。今からBCLを始める若い人たち(ほんの僅かでしょうけど)が老人になった頃のことはさすがに予想できませんが、その時にはまた新しい楽しみが生まれているかもしれませんね。海外の放送ではなく、宇宙からの放送を楽しむとか・・・それはさすがに2~3世紀後かな(スタートレックの世界ですね)。

以上、私は電波のプロではありませんので、変な箇所があるかもしれませんがご了承ください。

2017年5月24日 (水)

BCLブームはなぜ訪れた(去った)のか

このテーマについては、ブログ等で分析・考察結果を公開されている人が多いようですが、BCLブームのピークのときに中~高生だった私の意見としては非常に単純で、当時、(現代と比べると)あまりにもインドア派にとっての娯楽のバリエーションが少なすぎたことによると思っています。

パソコンもインターネットも無い、家庭用ゲーム機も無い、スマホや携帯など言うまでもありません。当時、インドアでお手軽に楽しめることといえば、読書と音楽鑑賞、テレビ(これも地域によっては、NHKと民放1~2局というところもありましたね)・ラジオのほかは、将棋・囲碁やボードゲームなどのテーブルゲーム程度しかなかったのです。
また、テレビにしても、まだビデオデッキが普及する前ですので、アニメなど特定の分野に限定して趣味として楽しめるようなものでもありませんでした。
さらに、海外旅行については、個人が気軽に買える格安航空券なども殆ど無い時代でしたので、BCLというのは電波を通じて世界を旅する(世界に接する)ことのできる、まさに夢のような趣味だったと思います。
そういう状況下、各社から高性能のBCLラジオが次々発売されたことによって、一気にブームを巻き起こすことになったのでしょう。
(スカイセンサー5800が1960年代に発表されていたら、ブームの時期ももっと早かったかもしれませんね)

そして、BCLが廃れてしまったのは、べリカード集めや、(言語スキル不足で)理解できない放送を聴くことに飽きる人が多くなってきたことに加えて、家庭ではパソコンと、ファミコンに代表される家庭用ゲーム機が普及してきたことが大きな原因だと思います。(そういえば、あの「スペースインベーダー」が大流行したのが1978年で、その後アーケードゲームが一般的な娯楽として普及し始めた頃から、BCLブームが下降線をたどりだしたような気がします。皆、こうした新しい娯楽に移行していったのかもしれませんね)

BCLの場合、言語の壁というのは相当に高く、克服できてより深くBCLを楽しめた人はほんの一握りだったでしょう。
それと比較すると、パソコン及びそのプログラミング言語は、一通り使いこなすための難易度はそれほど高くなかったため、よりハマりやすかったのではないかと思います(実際、私もその1人でしたし)。
また、パソコンの場合、プログラミングの面白さを理解できない人でも、バラエティに富んだパソコンゲームが出ており、そちらで十分楽しめたということもあります。

・・・結局のところ、BCLブームが1980年代後半までに衰退していくのは必然の流れだったのかもしれませんね。

2017年4月21日 (金)

BCL界のプロフェッショナルな方々

BCLは趣味ですので、もちろんプロは存在しませんが、プロ以上にプロフェッショナルな方々といえば、言わずと知れたOMの皆さんです。全国各地にOMさんはおられますが、中でも集中しているのが昔も今も名古屋地区。古くからBCLを楽しんでいれば誰もがご存じのBCLサークルであるNDXCメンバの皆さんです。
実は私、10年以上前に一度だけ会合に参加させて頂いたことがあります。当時の月刊短波でアドバイザーとしておなじみのOMさんが目の前にいる!・・・ということに不思議な感覚になりながらも、私のような、漫然と続けているだけでスキルも低いBCLに対しても優しく接して頂き、本当に嬉しかったものです。仕事では、優秀な人が上から目線で話しかけてくることは良くある話ですが、NDXCではそんなことはまったく無く、逆に私の中で神格化していたOMさんも、我々と同じ人間なんだな~と感動したことを覚えています。
なお、ここではNDXCメンバのOMさんについて書かせていただきましたが、当時の私が住んでいた大阪地区でお会いした今もこの世界で有名なOMの皆さんについても同じ印象でした。

例えば「コンピュータプログラミング愛好会」みたいなサークルだと、こうはいかないと思うんですよね。どうしても技術自慢の応酬になりそうで・・・。こんなところもBCLという趣味の良さなのだろうと思います。

今は様々な事情により、BCLを復活できずに思い出だけを背負ってこんなブログに記事を書いたりしていますが、またいつの日か復活したいなとは思っています。(受信機だけは新旧製品が山のように揃っていますので)その頃、短波バンドが今以上に寂しくなっていなければいいのですが・・・。

2017年4月20日 (木)

大阪日本橋のBCLコーナー

私がBCLに熱中していた時代、大阪市内に住んでいたのですが、大阪の電気街である日本橋まで歩いても1時間掛からないような場所でしたので、暇さえあれば日本橋に通っていました。当時は多くの店にBCLコーナーがあり、行くたびにあこがれの通信型受信機を眺めたり、使ったことの無いBCLラジオを操作して、自分のラジオと比べたりしていたものです。(あとは、アンテナやカップラー関係の部品を漁っていたりもしました)
ちなみに使ったことの無いBCLラジオというのは、私の場合、東芝製品なのですが、当時何で東芝は御三家から脱退してしまったんでしょうね。ソニー・松下には勝てないと経営判断が下されたのかな? でも、トライX2000が進化したらどんなラジオになるのか、見たかったな~と今は思います。

ところで、当時の学生BCLのあこがれの受信機といえば、やはりJRCのNRDシリーズだと思うのですが、NRD-505とかNRD-515を日本橋で見かけた記憶が無いんですよね。一部の店には置いてたはずですが、当時JRCといえば、プロ用機器を作っていたメーカーですので、あまり日本橋の小売店に販売チャネルが無かったのかもしれません。
そのため、私にとって店頭で現物を見れる最高峰の受信機といえば、ヤエスのFR-101Dでした。高価な製品ということもあり、実際に操作できる店は無かったような気もしますが、前面パネルがすっきりしていたFRG-7と違っていかにも通信型らしいデザインは恰好良く、いつか買いたいな~と思っていたものです。(よく夢にも出てきました。笑)

結局、今も昔もこのFR-101を直接操作することはできていませんが、NRD-505や515同様、今となってはあこがれの名機のまま思い出として記憶の奥にしまっておく方がいいのかなと思っています。

2017年4月19日 (水)

PC黎明期を過ごせたことの幸運

私が、ラジオで海外放送を受信できることを初めて知ったのは今から45年ほど前です。親からもらったソニー製のAM専用ポケットラジオで偶然見つけた北京放送が、人生初受信ということになります。(北京放送の周波数は1040kHz、大阪の朝日放送が当時1010kHzと近かったことによります)そして、短波放送については、その4年後です。日本短波放送の第二放送と同じ9760kHzで放送していた有名な局・・・そう、ラジオオーストラリアです。
このように、BCLブーム期にこの趣味に出会えたことは幸運だったのですが、当時のOMさんは、私も知らないもっと良い時代を過ごされています。後年、ラジオフランスやRAI、VOA、アフガニスタン等々、私がBCLを始めた頃には既に消滅していた幻の日本語放送をライブで楽しまれた方もおられることでしょう。そんなOMの皆さんにとって、あのBCLブーム到来をどのように感じられていたのかなと思います。

さて、ここでタイトルの内容になりますが、私がPCに出会ったのは、まだ「マイコン」とか「パーコン」と呼んでいた1981年頃です。初めてマイPCとなったのは8ビットCPUのPC8001(当時、メモリは増設しても32KBだったのです。今の10万分の1以下ですね)で、NECが出した初の「まともな」個人向けコンピューターです。その後、16ビットCPUのPC98シリーズが普及するまで、いろんなパソコンを使ったものです(私はBCL受信機好きですが、PCでも同じような嗜好だったようで、バイトで稼いだお金は右から左へとパソコンに消えてました)。
その頃の私は、BCLそっちのけでプログラミングやゲームにハマっていましたが、当時はパソコンがブラックボックスではなく、すべて自分で理解して楽しむことができた時代でした。このような黎明期にちょうど(時間がいっぱいある)学生だったというのは本当に幸運だったと思います。
ちなみに、当時日本の多くのPCユーザーにとって、あこがれだったのはAppleIIという機種。これを販売していたのは、今やiPod・iPhone・iPadで世界を席巻している会社であることは言うまでもありません。